その1−1 新旧司法試験について |
あらゆる場面で「改革」が叫ばれて久しいが,法律分野でも各種の改革が進展してきた。法改正などは新聞紙面を賑わすのでその社会的な認知度も高い。特に今回の「村上ファンド」との関係で語られる「金融商品取引法」などは,社会的トピックの観がある。
一連の社会的事件の影に隠れてしまったのか,あまり大きく取り上げられなかったのが,「司法試験改革」とその集大成となるはずの「新司法試験」である。その記念すべき第1回が,先月・5月19日から4日間かけて実施された。
従来の「司法試験」といえば,「長くかかる」「合格率3%」「日本で一番難しい」「一発勝負」など様々な言われようをしてきた。特に「長くかかる」と「合格率3%」が一番問題視されてきた。長くかかっても合格すればよいが,そうでなかった場合には,人生の一番良い時期,さまざまな可能性のある時期を棒に振ってしまう。その結果,「新卒採用」を一般とする我が国の雇用情勢下では,まさに「人生を棒に振る」ことにもなりうる,とてもリスクの高い試験である。近年,社会的要請(法曹の絶対数の不足)に応える形で,合格者数の増加が図られてきた。しかし,それでも合格率は3%前後で推移してきたのである。
合格率が低いことから,受験生および合格者が高齢化する。「長くかけたくない」という要請から「効率的な勉強法」を提示する受験予備校,カリスマ講師などがもてはやされ,大学の講義がないがしろにされる。法務省も合格者数増加のほか,「受験回数3回以内の者を論文試験の合格者選定で優遇する」(俗にいう丙案)などの対策を講じたが,どれも決定打にはならなかったようだ。
そこで採用されたのが「法科大学院(ロースクール)」制度と,原則としてその卒業生にのみ受験資格を与える「新司法試験」である。なぜ「原則として」という限定を加えるかというと,現行の旧司法試験の終了にあわせて「予備試験」制度が導入され,将来的には法科大学院卒業者と予備試験合格者とに新司法試験の受験資格が与えられる予定だからである。
確かに,従来の「法学部」には「法曹志望者」を含む様々な学生が在籍し,そもそも専門法曹のためだけの教育機関にはなりえなかった。また,従来の大学院(修士課程・博士課程とも)も,より専門性を追求する研究者を養成する機関であって,ある意味オールラウンダーであることが求められる実務家要請機関にはなりえなかったのである。
専門法曹を志望する者は,まず適性試験を受け,その後各法科大学院の実施する試験を受ける。合格者は法曹志望者だけが集まる法科大学院に入学し,「既修者は2年間」,「未修者は3年間」,研究者・実務家を教官とする「専門法曹になるための教育」を受けるのである。そして,今回第1回目の「新司法試験」は,この法科大学院卒業生にのみ受験資格が与えられるのである。法科大学院卒業生には,卒業時に,新司法試験を「3回」受験する資格が与えられるとともに,「法務博士号」が授与される。法科大学院生および同卒業生の間では,自戒を込めて「三振博士になるな!」という言葉が,スローガン化しているそうである。
法学部卒業以外の者でも「未修者」として広く受け入れるという点で,平等性が保たれるとともに,社会で様々な経験をしてきた有為の人材を受け入れ,法曹として輩出しうる。また,法曹志望の学部卒業者がそのまま法科大学院へ進学することになり,受験者の大幅な若年化も実現されうる。「本格的な実務家養成教育」をすることで,予備校の弊害(パターン化された暗記重視の勉強)を除去しうる。また,3回という「受験回数制限」により,「受験生の長期滞留」を防止し,長期化・高齢化の問題をクリアしうる。
以上のように,法科大学院とその卒業生を受験母体とする新司法試験は,いわゆる旧司法試験が抱えていた問題の多くを解消する可能性がある。
しかし,単純な大問題があることも指摘しておきたい。確かに仕事を持たない学生,特に学部卒業生がそのまま法科大学院に進学することには,何ら問題がない。あるとすれば学費など金銭面の問題くらいであろう。しかし,ある程度社会的にキャリアを積んだ者に対しては,そもそも法科大学院に通学すること自体がとても難しいということである。夜間・土日開講など,社会人が仕事と両立できるように配慮している法科大学院は,ほとんど無いのが現状である。私も法科大学院開設時に各校の法科大学院設立委員に話を聞いたが,彼らの回答は「仕事を持っている,または企業に在籍していることを合否判定に際して不利には扱わない。しかし,仕事と両立させることは物理的にも,内容的にも困難ではないか。現在,夜間・土日開講などは考えていない」というものであった。私の知人にも企業に在籍しながら法科大学院に進学した者はほとんどいない。
与えられる受験回数は「3回」のみ。今回実施された初回については「2回目受験者」がいないので合格率は最高になるが,次回からは合格率も低下してゆくのが確実。いかに最終的には本人の意思次第だといっても,社会的なキャリアを中断するには,あまりにリスクが大きすぎるのではないだろうか。今後,法科大学院の社会人受け入れ体制が充実してゆくことを強く期待する。
今回実施された「第1回・新司法試験」は,その前提となる法科大学院制度および一連の司法改革の一端である司法試験改革の集大成となるものであり,この初回データを基に次なる動きが始まる。特に増加の一途を辿った法科大学院の質が厳しく問われ,序列化や淘汰がされることになるだろう。このような意味から,私は今回実施された「第1回・新司法試験」をトピックとして取り上げた次第である。
読まれていて気付かれたかもしれないが,私は新司法試験の具体的な内容には触れていない。具体的内容については,実際に受験した友人が「新司法試験受験体験記」を寄稿してくれたので,そちらに譲る。とかく改革といえば「制度の外形」が取り沙汰されるが,その実情を知るには,実際に受験した者の「生のレポート」に勝るものはないと考える。当該レポートは「新司法試験受験体験記・択一編」「同・論文編」としてアップさせていただく予定である。 (石田) |
その1−2 新司法試験受験体験記・択一編 |
平成18年5月19日(金曜日),
朝4時起床。昨晩は20時30分にベットに入るが,22時くらいまでは緊張のため寝付かれず,また,日頃の疲れも溜まっていたため起き抜けはかなり眠かった。しかし,試験が9時30分開始で,起床してから4・5時間後に一番頭が回るといわれているから,早い起床も仕方がない。おかゆと梅干だけの朝食を採り,予定していた勉強をこなして7時に家を出た。電車に乗って試験会場である五反田のTOCに着いたのが8時少し過ぎくらい。この時間だとまだ受験生が少なく,試験会場にも入れないため,トイレへ直行。下痢止めを昨晩飲んだので多少は日頃の下痢は緩和していたが,それでも20分程便器に座り込んでいた。続いて予め用意されていた休憩室に入る。同じローの人何人かと会うが,特に会話を交わすことなく会釈する程度。お互いに緊張しているし,試験直前に確認しておきたい知識があったりするからだと思われる。もっともこの期に及んで単語カードなどを見ても,残念ながらほとんど頭には入らなかった。
そうこうしているうちに入室時刻となり,入室後すぐに試験についての注意事項を法務省の役人が読上げる。初日はマークシート形式の択一試験なので,とにかく落ち着いてマークミスや問題文の読み飛ばし,読み間違いのないように何度も何度も心の中で繰り返す。いよいよ2年間のロー生活の総決算の試験が始まる。
9時30分試験開始。自分を落ち着かせるため,テスト用紙の乱丁・落丁がないかどうか1頁1頁確認する。最初の試験は民事法(民法,商法,民事訴訟法)の試験2時間30分から。現行の旧司法試験の場合,択一は1点を争う厳しい試験だが,新司法試験の場合は,とりあえずは4割を切らなければ足切りとはならず,論文試験を受験できるので,現行のの時ほどは緊張していない。現行の時は,始めから1時間くらいは手が小刻みに震えて止まらなかったりしていた。新司法試験の択一民事法は,民法に関しては現行時代から択一問題をやっていたため手ごたえがあったが,商法,民事訴訟法に関しては試験として全くの初の試みである。予備校がやる模試程度はやっていたが,公的に自分の実力が試されるのは正直怖い。問題は,条文や判例の知識中心でありそれほど難しくはないはずだが,やはり慣れないせいか自信をもって答えられる問題がほとんどない。こういう状態はかなりな焦りとストレスを生むが,それが解消されることはなく2時間30分の試験が経過。個人的には民法で確実に獲れた問題が多いので,足切りにはならなかったのではないか程度の感触をもって午前中の試験は終了。昼休みへ。
昼休みは,友人と非常階段に陣取って,昼ごはんを食べながら午後のテストのための知識確認に時間を費やす。おにぎりを一個しか食べていないにも拘らず,お腹がかなり重くなり,結局これは最後まで続いた。昨晩から下痢止めを飲み続けているが,あまり効果はない模様。
さて,午後の試験。科目は公法(憲法,行政法)の1時間30分。憲法は現行司法試験時代からやっていたが,行政法は勉強を始めてからまだ1年半くらいしか経っていない。そのため直前にはかなり知識を詰め込んだつもりが,正確に詰め込まれていなかったらしく,答えがなかなか導き出せない。結局手ごたえがほとんどないまま試験終了。終了直後は足切りをもらったかと思い,暗い気持ちで1時間の休憩に入る。
16時に,本日最後の刑事法(刑法,刑事訴訟法)1時間30分の試験が始まる。順番どおり刑法から解き始める。問題は現行の処理型の問題に比べると易しく,解いている最中から,刑法で確実に正解を取り,足切りの4割を確保した方が良さそうだと判断し,慎重にやった。そのため多少予定時間をオーバーして刑訴へ行くこととなった。予備校の模試では刑訴の処理問題は少なく知識重視の出題だったため,オーバーした時間を刑訴で取り戻すつもりだったが,予想外に刑訴に難しい処理問題が多く,結局5問残して試験時間が終了してしまった。周りの受験生も全問解き終わらなかった者が多かったらしく,終了の合図があってもマークしていた受験生が大声で注意されていた。できないのはみんな同じか,と安心しつつ,刑法で点数を稼いだはずだから足切りにはならないだろうという安心感はあった。後で分かったことだが,刑訴のラスト7問を私は全滅していたにも拘らず,刑法で着実に得点していたため刑事法での足切りを免れていた。
試験が終わるとぞろぞろとエレベーターを使って各々帰ることになる。しかし,ワン・フロアに1000人位が居たためかなりな混雑となり,なかなか出られなかった。出口では,よせばいいのに友人が出てくるのを待っていたりして,更に時間をとられた。友人とは当然ながら試験の話になり,私のミスがボロボロ発見され,気持ち的にかなりヘコんだ状態で家に戻ることになった。夕飯は朝食と同じくおかゆと梅干。最早これ以外はお腹が受け付けてくれない。ヘトヘトになって21時就寝。 (石田)
※ 体験記の筆者は,旧司法試験を「現行の旧司法試験」または「現行」と表現しています。
※ 新司法試験の出題内容に興味のある方は,下記法務省のHPをご参照ください。
http://www.moj.go.jp/SHIKEN/SHINSHIHOU/shin02-13.html
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その1−3 新司法試験受験体験記・論文編 |
平成18年5月20日(土曜日),論文試験1日目
昨日同様朝4時起床。少し勉強してから試験会場へ向かう。これも昨日同様8時少し過ぎたくらいに試験会場であるTOCに到着。今日はトイレに篭ることなく,そのまま休憩室へ。昨日は択一試験だったが,今日の試験は論文試験。まずは倒産処理法(破産法・民事再生)、試験時間は3時間、出題数は2問。余談だが、これは選択科目なので受験生によって受験する科目は異なる。倒産処理法の他には、労働法、知的財産法、経済法、国際公法、国際私法、環境法がある。私が倒産処理法を選択したのは、将来使いそうだからという理由と、新規参入者が多いだろうから多少自分ができなくても目立たないかもしれないという虫のいい思惑による。
9時30分,試験開始。倒産処理法は,ローに入ってから勉強した科目であるから,勉強を始めて僅かに1年半くらいしか経っていない。こんな状態でもう論文を書かなくてはいけないのだから正直かなり辛いものがある。条文すらまともに頭には入っていない。もっとも、法務省の側もその点は分かってくれているらしく,それほど難しい問題は出してこなかった。条文を探して当てはめるだけというサービスみたいな小問があったりした。しかし、私の場合はこの肝心の条文がなかなか見つからなかった。答案構成の段階で探したが見つからず、ここは落ち着いて、と1条から順に見ていったが見つからない。そんなはずは、といろいろ頁をめくったが20分が経過しても見つからない。この時点でかなり泣きそうになっていたが、まだ多少冷静な判断ができたらしく、他の小問を書いてからまたこの問題に戻ってこようという考えに思い至り、他の小問を書いているうちに条文の場所を思い出した。1条から順に見ていたはずだが、ここは無いだろうと思った箇所を無意識のうちに飛ばして読んでいた。日頃から条文を読むときは章立てや体系を意識して読むように指導されてきたが,基本を怠ったツケがこんな形で試験に出た。条文を探すだけで20分も使ってしまったため、残りの小問はかろうじて最小限のことだけ書いた。つまり、簡単な問題にもかかわらず、いわゆる守りの答案程度で終わってしまった。
そして、昼休み。例によって3人で非常階段のところで勉強しながら昼食。もっとも私だけは先日おにぎり1個で体調を崩したため,チョコレートを少し食べただけで済ませた。3人の共通の話題は,なんと言っても次の試験の行政法で何が出るかである。次の試験は公法(憲法・行政法)だが、憲法に関しては長年やっているので出来もしないのに妙な自信がある。反対に行政法は何しろ勉強を始めてまだ1年半だから体系からして頭に入っていない。友人が「いよいよになったら条文だけ引けばいい」などと言ったが,その条文すら引けなかったのが倒産処理法だから,なんとも耳が痛い。
さて、14時、4時間の公法系の試験開始。公法は前述の通り憲法と行政法だからどちらから始めても良いが、昼休み中はずっと行政法をやっており、頭のモードが行政法になってしまっているから行政法から始めることにした。そこで行政法。問題は意外にもオーソドックスなものだった。といってもやはり解きなれていないため、問題文を読むのからして時間がかかり、続いて答案構成をしたがこれも予想外に手間取った。結局,行政法が終わったのは試験の開始から2時間半が経過した時だった。予定より30分オーバーしている。精神的にかなり焦った状態で憲法へ。長い問題文を読むだけで40分を費やし、答案構成もせずに書き始める破目になった。問題形式は、小問が3つあり、まず小問1で原告の言い分を書き、これに対する反論として小問2で被告の言い分を書き、最後に小問の3として自分の見解を述べるというもの。おそらくは自分が裁判官になったら当事者の言い分をどう裁くかをみたいのだろう。しかし、答案構成もしないで書き始めているため、まず、原告の言い分と被告の言い分が全く噛み合っていない。噛み合っていない言い分に対する裁きだから全く的外れな裁きになった。結局、原告・被告が法廷で勝手に叫んで、裁判官が独り言を言っているような答案になってしまった。途中答案にならなかったのが唯一の救いだが、気分はもう今年は終わったな、という感じで家路についた。
論文二日目
科目は民事法(民法・商法・民事訴訟法)で、試験時間は二回に分けて、2時間と4時間。実は、本試験に先立つプレ試験では6時間ぶっ続けで試験が行なわれた。これには「いくらなんでやり過ぎだ」という声が強く(人身の自由を害するのではないかという意見すらあったらしい)、民事系の試験を二回に分けることになったという経緯がある。
というわけで民事法第一回目、10時から2時間。問題は商法だった。残る科目は民法と民訴だから,これによって後半の民事法第二回目は民法と民訴の融合であることが確定。商法の問題は比較的容易に書くことが思いつく事業譲渡の問題。形式は、相談に来た顧客に弁護士が事業譲渡の手続きについて説明するというもの。試験中は公法のミスを挽回するぞ、と多少意気込んで書いていたが、試験後には論点落としが発覚してまたヘコむことになった。
民事法第二回目は予想通り民法と民訴の融合問題。といっても、小問が4つあって、民法と民訴の問題が交互に出たから正確には融合問題とは言い難い。それはともかく、小問1は債権の譲渡担保、小問2が弁論の併合、小問3が債権譲渡と対抗要件、小問4が反射効とタイトルだけだと論点論点しているが、本試験らしく内容が捻った聞き方をしているため容易には解答できなかった。しかも,私は一番配点の大きい小問3で対抗要件を備えた日付を1年も間違うという大ミスをやらかしてしまった。公法に引き続いてのミスに,来年の勉強方法等を考えながら帰宅することになった。
論文三日目
科目は刑事法(刑法・刑事訴訟法)で、試験時間は4時間、つまり1科目にかけられる時間は2時間ということ。ここまでミスの連続でそれでもなんとか途中答案だけはしないで最後の科目を迎えた。試験開始は13時30分。第一問目は刑法。会社の同僚同士がけんかになって、止めに入ったはずの上司までもがけんかをした場合の罪責を問うという感じの問題。正当防衛、共同正犯、同時犯と色々書くことがありすぎる。どの事実に着目するかによって答案構成が全然違ってくる。私は共同正犯をメインに書いたが,どうやら少数派で、多数派は正当防衛をメインに書いた模様。私も正当防衛の話を書こうと思いつつ、共同正犯の話を書いているうちに書くことを失念してしまうというミスをした。もう、ミスばっかり。
第二問目は刑訴。職務質問から、無令状捜索差押、違法収集証拠、伝聞法則と刑訴の論点を幅広く聞く問題。新司法試験になって、試験時間が長くなったからできる芸当だろう。こちらの方は珍しく無難にまとめて私の新司法試験は終了した。二年間の勉強の成果にしては全くお粗末で,試験が終わった直後にも拘らずまるで開放感がない。頭の中は「この一年どのような勉強方法をして来年を迎えるか」で占められている。
試験終了後、友人たちと焼肉屋へ。飲んで食べられるからである。私は試験期間中毎日おかゆだったため、めちゃくちゃ美味かった。この席で「このまま休まず勉強を続ける」と宣言する者が居たのには少々驚いた。私と似たようなことを考える人はやはり居るものだ。焼肉後とりあえず散会。今度は司法試験と関係のない友人の家へ。やはり試験関係者だとどうしても試験の話題になってしまうので気が休まらない。その家で徹夜をしようかと思っていたが、疲れがでて2時くらいには谷底に落ちるように眠ってしまった。 (石田)
※ 新司法試験の出題内容に興味のある方は,下記法務省のHPをご参照ください。
http://www.moj.go.jp/SHIKEN/SHINSHIHOU/shin02-13.html
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その2 夏は夜。上野そぞろ歩き |
数年ぶりに日が暮れてから上野を訪れた。思えば,少し前までコンサートといえば「東京文化会館」が定番であった。しかし,各地に最新の音響設備を誇るコンサートホールが出来てからは,日が暮れてから上野を訪れる機会はめっきりと少なくなったものだ。
今回の目的は,東京国立博物館・平成館で開催されている「プライスコレクション 若冲と江戸絵画展」を見ることだった。伊藤若冲はその彩色の美しさと,書き込みの精緻さ,デッサンの正確さで,近年ブームと言えるほどの人気がある絵師である。その若冲を中心に江戸各期の絵画を集めたコレクションが今回のプライスコレクションである。アメリカの富豪が買い集めた江戸絵画というだけでは,あまり興味を惹かれなかったはずだ。しかし,たまたま「日曜美術館(NHK教育)」でプライス氏のインタビューをみて,ぜひとも同氏のコレクションを見てみたくなった。それはプライス氏のすさまじいまでの好事家振りが発揮されたものだった。プライス氏の主張は,日本の美術を鑑賞するには「自然の移ろい」特に「光の変化」を抜きには考えられないというものだった。同氏のカリフォルニアの豪邸が映る。室内に枯山水を配した「映画のセット」か「それ自体が美術館」のような建物だ。壁一面に配された収納庫から一幅の掛け軸を取り出し,枯山水の飛び石を渡り,畳と障子のある見事な和室に入る。そして,これまた見事な床の間にその掛け軸を掛け,氏は調光をする。本来なら一日かけて鑑賞するのだという。朝日から夕日に至るまで,また日が落ちてからは「ろうそくの火のゆらめき」の中で,氏は作品を鑑賞し続けるというのだ。時間が経つのも忘れて見続けると,時間の経過・光の変化の中で,一つの作品が様々な表情をみせてくれるのだという。そして,今回の展示では「その一端でも」味わえるように,作品をガラスケースに隔離するのではなく,ごく簡単な柵を設けただけで,同じ空間の中で作品を鑑賞できる開放展示をし,さらに調光により一日の光の変化を目の当たりにできるよう工夫したというのだ。
確かに,従来の展示では,作品は分厚いガラスの中に収められ,光は一定の方向からしか当てられず,作品全体がはっきりと見えるようにされていた。しかし,考えてみれば電気のない時代には,確かに現在のような鑑賞の仕方はできなかったはずだ。日中の自然光の他には,夜間はろうそくなど炎による灯りがあるだけだったはずなのだ。このごく当たり前の指摘と,そのことを作品の鑑賞方法にまで反映させたという同氏の話が,私に俄然興味を抱かせたのだった。
プライスコレクションを見ると,同氏が江戸絵画を「デザイン」として理解し,愛しているように思われた。私のような素人がみても,とても斬新さを感じさせるものばかりであった。そして,一貫しているのは「生命力を感じさせるもの」であることだ。一例をあげると,若冲は「鶴図屏風」で,鶴のボディラインを単純な線で構成するが,くちばし・羽・脚の部分は精緻に書き込む。このような緩急の対比がとても面白かった。同氏の好みがストレートに反映されているからか,とてもわかりやすいコレクションだったと思う。
さて,肝心の展示であるが「目から鱗」の感があった。光の加減・方向により,一つの作品が様々な表情をみせるのである。特に金箔・銀箔・白地の部分の変化が面白かった。ある時は浮き上がり,また沈み込み,さらに様々に色を変えるのだ。卑近な例を挙げれば,シルバーメタリックの車が,その時々の光により青くなったり,黄色になったり,また夕陽に映えて赤くなったりするのに似ている。また,屏風の反射を見て,写真撮影の際に調光のために使用するミラーや反射板などを思い浮かべた。確かに,権力者の背後には豪華な金箔貼りの屏風があり,少ない光を集めてあたかも後光のような効果を果たしていたのだろう。結婚式での金屏風も同様だ。さすがにロウソクの灯りはなかったが,もしロウソクの灯りがあれば,その揺らめきのなかで「ダルマさんのギョロ目や虎の目が動く」のを実感できたことだろう。
今回の展示を通して,美術品といえども,「それらが本来置かれていた環境で鑑賞する」ことの重要性を再認識させられた。こうしたことを目の当たりにし,再認識できたことが,プライスコレクションからの最大の収穫だった。今月の27日(日)まで東京で開催されているので,強くお奨めしたい。金曜日は開館時間が夜の20時まで延長されるので,特にお奨めです。なお,「プライスコレクション 若冲と江戸絵画展」は,東京を皮切りに,来年の6月まで,京都・福岡(太宰府市),名古屋の各地で開催されます。
閉館時間の20時をまわって退出した。あたりはすでに暗く,風が心地よい。博物館がライトアップされている。
上野は私にとって,暑く,汚く,少し臭いというイメージがある。炎天下の動物園,美術館,人ごみのイメージなのだろう。しかし,夜間は違った。月明かりの中,虫の声がひびき,風がわたる。ライトアップされた建物や噴水,とても美しかった。汚いものは闇に溶け込んでしまい,人目にふれないのだ。東京文化会館ではバレエの催しが開かれていたようだが,その休憩時間,きらめく照明の中での人の動きなど,すべてが美しく,心地よかった。「夏は夜。月の頃はさらなり」という一節が思い出された。
来たときには,時間もなかったので「公園口」から直行した。帰りは公園口前の坂を下ろうと思っていたが,いつの間にかできていた「パンダ橋」に驚いた。JR上野駅をまたぐ形で,とても広い橋ができていたのだ。ここでも風がとても心地よい。広い橋から列車と人の行き来を感じ,きらびやかな夜景を楽しみながら,こんなところで缶ビールでも飲みながら談笑したら,最高におしゃれだろうと思った。せいぜい2〜3時間の滞在だったが,何となく小旅行をしたかのような気分になれた。やはり「夏は夜」なのだろう。(石田)
※ 今後の展示スケジュールや展示内容の詳細にご興味を持たれた方は,下記をご参照ください。
「プライスコレクション 若冲と江戸絵画展」オフィシャルサイト http://www.jakuchu.jp/
同オフィシャルブログ http://d.hatena.ne.jp/jakuchu/
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その3 人生いろいろ。クラス会での再会 |
先日,久しぶりで舞台を見てきました。
舞台の題名は「GOLF THE MUSICAL」。登場人物が5人だけのオペレッタのような舞台でした。それぞれの人間模様を「1ラウンド18ホール」に重ねて,コメディ仕立てで見せてくれます。5人の俳優さんは,全員が舞台出身というわけではないのに,皆,歌が上手く,渋谷・パルコ劇場のあまり広くない舞台を,広大なゴルフ場の一部にしてくれました。
舞台設定は,広告代理店の営業マン(相島一之さん)がクライアントの2代目社長となるお坊ちゃん(池田成志さん。これが当初はとてもイヤミな男に表現されている)を接待するという「接待ゴルフ」です。そこに,接待役として会社の後輩の女の子(堀内敬子さん。実は不倫相手),人数をそろえるために呼ばれたコピーライター(川平慈英さん。ゴルフ初体験の役),そして謎のキャディー(高橋由美子さん。実は往年のアイドルプロゴルファー)が絡みます。そもそも接待の悲哀があるところに,社内恋愛(不倫関係),夫婦関係(仮面夫婦,離婚),企業内の権力闘争や不正経理など,今日的または普遍的な問題をテンコ盛りにしてくれています。当初はそれぞれの思惑にかられ,バラバラだった5人の男女が,18ホールを回る間に,それぞれの人間性にふれ,最後には何となく「やさしい関係」になるという筋です。休憩の15分を入れてトータル3時間になる舞台でしたが,お客を飽きさせることなく,笑ったり,しんみりしている間に,あっという間に時間が経ってしまいました。
舞台上には,3人の男優さん,2人の女優さん,そして,キーボード担当の男性と,パーカッション担当の女性,合計7人の男女がいます。何と音楽は「生演奏」なんです。この2人の演奏と存在もあいまって,とってもおしゃれな舞台に仕上がっていました。
かくいう私も,「ゴルフは60代になってから」などと言っていたのに,約1年間コーチについて「5番と7番アイアン」で練習をしてきました。まだグリーンには立っていないのですが,川平さん演じるゴルフ初体験の役には親近感を感じました。
この舞台は,来月11月末まで,全国各地で上演されます。とってもおしゃれで楽しい舞台ですので,ご興味を持たれた方は,ぜひご覧になってください。
*上演日程などは,下記をご参照ください。
http://www.parco-play.com/web/page/information/golf/golf.html
さて,この舞台を見るきっかけになったのが,私が20年振りに出席した高校のクラス会でした。
私が通った学校は,中高6年間の一貫教育だったので,高校時代になると仲が良い友人はクラス横断的に存在することになります。このため,学校自体には深い思い入れがありますが,その反面,クラスには深い思いを抱いていませんでした。仲の良い友人との付き合いは,高校卒業後の学生時代にも,さらにその後も絶えることなく継続しています。今回クラス会に出席してみようと思ったのは,私たちが当時使用していた校舎が今年限りで取り壊されること,クラス会当日は思い出の高校校舎の教室で待ち合わせをすることに,一抹の寂しさとノスタルジックな思いを感じたからでした。
20年振りの再会。第一に感じたのは,当然のことながら「時の流れ」です。早い話が「ふけたな〜」ということでした。しかし,そんなことはお互い様なので,すぐに見慣れてしまいます。すると,当初の違和感が無くなったためか,すぐに高校時代のあの頃の感覚に戻っていくのが,とても不思議で新鮮な感覚でした。そして,話していて感じたのは,それぞれがそれぞれの人生を歩んできたのだな,という「当たり前の事実」です。仕事のこと,家族のこと,これからのことなどを,店をかえながら10数時間にわたって語り合ってきました。とても充実した,楽しいひと時でした。それぞれが皆,いい顔をしていました。20年という歳月があったにもかかわらず,ごく短時間でこれだけ充実した関係になれたのも,ルーツとなっている青春時代を共に過ごしたからなのでしょう。高校時代が,自分たちの人生の中で「かけがいのない宝物」であることを再確認できました。
そう,このクラス会で再会した友人の一人が,先日の舞台に立った俳優の一人だったのです。その他にも,染色家,農園主,証券マン,新ビジネスの立ち上げ責任者に抜擢された男など,さまざまでした。20年振りの再会が,これから数十年にわたる付き合いのスタート地点になる予感がします。
以下は蛇足です。クラス会当日,私は20年振りで登下校に使っていた駅で降りました。そして,その駅から校舎に着くまでの10数分間の道行きが,私に深い感慨をもたらしました。そのときの思いを文章にすると,以下のようになります。
こういう言葉を使用するとついつい赤面してしまうが,思春期・青春時代に通った通学路を辿る。あまり変わっていない。しかし,校門をくぐってからは驚いた。木々が大きく成長し,それこそ「トトロの森」を感じさせる。かすかに響く電車の音を聞きながら,緩やかな坂道を登る。深い緑,鳥の声,野球やサッカーに興じている「後輩」達の歓声に迎えられ,一気にタイムスリップしたような錯覚にとらわれた。思えば,この高校時代およびその後の数年間こそが,これからの人生の全ての可能性に期待できた,人生で最も輝かしい時期だったのだろう。
とてもうれしかったのは,すれ違う後輩たちが,私とは当然初対面であるにもかかわらず,「こんにちは」と声をかけてくれたことだ。男子も女子もほぼ例外なくである。その時の私は,紺のTシャツにGパン,薄いブルーのサングラスに大きめのデイパックを背負うといういで立ちだった。彼らの目には一体どのような存在として映っていたのだろう。私自身の感覚では,卒業後まだ数年しか経っていない卒業生に戻ったような気分だった。
校舎の前に着く。驚くほどに変わっていない。大きな変化があるとすれば,剣道や体育,合唱の練習をした小体育館がなくなっていることだけだ。何だかぞくぞくとするような感じで,身体の奥底から喜びが湧き上がってきた。今にして思えばこの不思議な感覚は,最も幸せだった時代への回帰願望の現われだったのかもしれない。(石田)
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その4 フィットネス。メタボリックからの脱出 |
あっという間に2006年が終わり,2007年になってしまいました。年頭にあたって,現在私が一番好きなこと,そして皆さんにもお奨めしたいことをご紹介します。
それは「健康・フィットネスの維持・向上」です。
以下に,私のフィットネス歴と,どのようにしてメタボリックから脱出したかをご紹介します。
私は,もともと持久力はあったのですが,特にスポーツが好きなタイプではありませんでした。強制されることや,部活の上下関係などが好きではなかったことが原因だったと思います。ところが20代後半あたりから,身体を動かすことの楽しさ・爽快感を覚えてしまい,現在に至るまで「最も好きなこと」の筆頭にあげられるのが「身体を動かして,大汗をかくこと」になっています。他人から強制されるのではなく,あえて「自分の意思」で苦しいことをすることに,この上ない喜びと楽しさを感じたのです。最もはまっていた時期には「週に3〜4回は8〜20Km」走ったり,「3000〜6000m」泳いだりしておりました。月間走行距離500kmなんて時もありました。当時の体脂肪率は12%程度だったと思います。
ところが,仕事が忙しくなり,運動に10年近いブランクが発生しました。もともと大食いでしたが,食事量がほとんど変わらずに,運動量が激減したのです。ほとんど変わらないどころか,お菓子などの間食は激増しました。最もありがちなパターンだったといえるでしょう(笑)。ともかく朝から深夜まで仕事漬けの毎日で,運動する機会はほとんど無くなっていました。恐ろしいことに,肥満は徐々に進行してゆくので,本人にはあまり自覚がありません。過去の栄光(笑)にすがって「認めたくない」という感情も働きます。かくいう私も,スポーツマンだった時期には「1週間で5〜6kg」減量したりしていましたので,「最近太ってきたよね」と誰かから言われても,「すぐに落とせるから大丈夫」とたかをくくっていました。
日常的に運動していた当時は,漠然とですが「自分は生涯,体重70kgを超えることはないだろう」などと考えていました。確かに,当時の体重は増えた時でも68kgでした。ところが,いつの間にやら70kgを超え,4年前にはついに80kgに王手がかかってしまったのです。ピーク時は79.8kgにもなっていました。
確かに,スーツを作るときにも店員と微妙に話がかみ合わない。かつてウェストは73〜76cmだったので,「まあせいぜい余裕をもって82cmくらいで」と言うと,相手は怪訝そうな表情で「86センチ位がよろしいかと」などと言ってくる。プロの言うとおりにはしましたが,何となく釈然としません。しかも,そのサイズが,これまたピッタリだったりするのです。だんだん自己認識と客観的な事実との間に齟齬が生じてきました。
出勤時に地下鉄の階段を「一段抜かし」でかけあがっていた時,つま先が次の階段にひっかからず「大コケ」したこともありました。その決定的瞬間をスタッフの女の子に目撃され,社内で「あ〜,恥ずかしかった」などと笑われたこともありました。事態は深刻さの度合いを深めてゆきます。
4年前の健康診断の結果の一行目には,ついに「あなたを肥満と認めます」と書かれてしまいました。誰から「太った」といわれても決して認めなかったのに,ついに「医者のお墨付き」をいただいてしまったのでした。こういうお墨付きはいただきたくないものです。当時の体脂肪率は28%程度にもなっていました。完全に「メタボリック」になっていたのです。また,この年は「帯状疱疹」になるなど,体力面でも衰えが顕著になっていました。
思えば,私は健康・体力については絶対の自信を持っていました。しかし,10年の間に「健康・体力の貯金」を使い果たしてしまっていたようです。あのまま放置していれば,今頃どうなっていたことやら・・・,そら恐ろしい思いがします。
そこで3年前,仕事を整理し,自分の時間を作れるようにしました。まず行ったことは,フィットネスクラブ(スポーツクラブ)に復帰することでした。かつてのように戸外をガンガン走り込んだり,泳ぎ込んだりする根性は復活しておりません。そこで,私は「スタジオエクササイズ」に参加し,体脂肪減量を目的として汗を流しました。具体的には「エアロビクス」のレッスンに参加したのです。
私がエアロビクスを選んだ理由は,スタジオに隔離され(笑),一定の時間エクササイズを強制されるからでした。体験したことのない方には分からないかもしれませんが,エアロビクスを大きな動きできちんとやろうとすれば,相当ハードな運動になります。私が勝手に「体育会系エアロビクス」と呼んでいる運動強度の高いクラスに出ると,1時間のレッスンで,大体10km程度の距離を程よいスピードで走った位の効果を感じます。
ところが「はじめの3ヶ月」は,どんなに大汗を流しても体脂肪は減りませんでした。これには正直焦りました。「もう自分は減量できないのかもしれない」とまで考えました。他人からフィットネスについてのアドヴァイスを求められると,私は「最初の1ヶ月,その後は3ヶ月毎に身体は変わっていく」と答えていました。これはかつて自分が実体験したことです。しかし,過去の栄光に浸っている間に,「自分ならもっと早く減量ができる」という思い上がりが生じていたようです。やはりミラクルは起こりませんでした。特に身体については,短期間での「劇的な変化」はあり得ないようです。
それでも諦めずに週3〜4日スポーツクラブに通い続けたところ,3ヶ月を越えた頃から,ついに「毎月3〜4kg」ペースで,面白いように体脂肪が減るようになりました。これは本当にうれしかったです。それから半年くらいの間に「約14kg」もの体脂肪を落とすことができました。一体どこにこんなにたくさんの脂肪がついていたのか,と言いたくなる程の量です。
完全にメタボリックになっていた私でも,半年から1年で現状まで復帰することができました。まさにメタボリックからの脱出でした。よく聞かれることですが,食事制限は一切しておりません。「食べたいものを食べたいだけ食べる」が,相変わらずのモットーです。但し,お菓子などの間食は自然と減少しました。多分,ストレスが解消されたおかげだと思います。ちなみに現在は,体脂肪率15〜17%で,一応「理想体型」とのことです(笑)。
運動はいつから始めても効果があると確信しています。摂取カロリーだけを制限するダイエットもありますが,それは「やつれるだけ」だと思います。やはり,摂取量と消費量のバランスをとることが最も重要です。運動をすれば,エネルギー消費量が増加するだけでなく,身体機能や基礎代謝が向上します。基礎代謝の向上により「太りにくい身体」になるのです。さらに,糖尿病などの様々な病気,特に生活習慣病(メタボリック症候群)の最も有効な予防になるのです。
そして何より,私にとって運動は「最高のストレス解消法」になっています。身体を動かして大汗をかくと,頭の中が真っ白になります。精神的に疲れていたり,肩や背中が凝っていても,それらがきれいさっぱりと解消されます。リセットされる感じです。現在,週1回は仕事が終わってからスポーツクラブに直行していますが,クラブに到着した時が実は一番疲れています。着替えて,ストレッチをしていると,だんだんと元気になってゆき,スタジオレッスンが終了したときには元気一杯になっています。あと数本のレッスンに出られそうな勢いです(笑)。人によって異なるかとは思いますが,運動すると疲れるというのは間違いだと思います。仕事などでの疲労感と運動による疲労感とは,全く別のものです。
このサイトを見てくださっている方々の中にも「メタボリックな方」「体脂肪を減らしたいと思っている方」「フィットネスに興味を持っている方」など様々な方がいらっしゃると思います。私は,自分の実体験をお伝えすることはできます。では,フィットネスの現場はどうなのでしょうか。そこで,フィットネスにプロとして取り組んでいる,まさに最も成長株といえるインストラクターにコラムを依頼しました。
これからフィットネスの維持・向上に取り組みたいが,何をしたらよいのか分からないという方,フィットネスクラブに興味があるが今ひとつ踏み切れない方など,健康に興味をもっていらっしゃる多くの方に,興味深い・有意義な情報を提供していただけることでしょう。
フィットネスクラブは,健康だけではなく様々なものを,私にもたらしてくれました。人との出会いもその一つです。今月末,私は友人の結婚式でスピーチをします。この友人は,私より10歳年下で,スポーツクラブのプールで知り合って以来の付き合いです。こうした様々な出会いなどについても,折にふれ紹介させていただきたいと思います。(石田)
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その5 ペット狂想曲・2007ジャパンペットフェアを見て |
現在,健康かペットか,と言われるほどのペットブームが続いています。かくいう我が家にも,ロングヘアードのスタンダードダックスとこれまたロングヘアードの猫がおります。
3月29日〜4月1日,横浜・みなとみらいにあるパシフィコ横浜で「2007ジャパンペットフェア」が開かれました(一般公開は,3月31日〜4月1日の土曜・日曜)。
お世話になっている方に「ぜひ行こう」と強引に誘われ,我が家のノンちゃん(スタンダードダックス)を車に乗せて行ってきました。
週末に人ごみに出ることが嫌いな私が,わざわざ行ったのは,以下の理由からでした。
1.「ノンちゃんの親戚(関東在住分)が一堂に会する。こんな機会は一生にあるかどうか分からないので,ぜひ来てほしい」と誘われたから。
2.「ペット用品の展示会なので,試供品を山のように貰える」と誘われたから(笑)。
行ってまず驚いたのは,人の多さでした。開場10分前に行ったのに,あのパシフィコ前を埋め尽くすかのような人の波。しかも,人だけでなく多数のワンちゃんが一緒なのです。
これを見ただけで,そのまま帰りたくなりました(笑)。こんな人ごみに,我が家の箱入り娘を連れてきてよかったのでしょうか。
しかし,「待っているからね」と言われていたので,人の波を横目に地下駐車場に車を入れました。地下2階の駐車場には場違いな犬のほえ声があちこちから聞こえています。多分,人間の自己満足なのでしょうね。
ノンちゃんを車に残し,会場へ。そこは中々にすごい光景でした。人ごみの中に犬が多数混ざっているのです。小さいものでチワワを連れた方,大きいものではグレートデンを連れた方もいらっしゃいました。ベビーカーのようなペットカーを会場で貸していて,その中に10匹ものチワワを入れた方,ヨークシャー,ミニチュアダックスなど,いろいろでした。ボルゾイやアフガンハウンドを3頭も連れた方もいて,とても見事でした。
本当は顔出しだけして「昼前に帰りたかった」のですが,そうは問屋が卸しませんでした。ノンちゃんの母方が,「ノンちゃんと一緒に,ナベプロ主催のアイドル犬スカウトキャラバンに出たい」と言い出したのです。ノンちゃんは,すでに我が家の娘です。そちらにはそちらの愛娘がいるではないですか。すると「一族の中でノンちゃんが一番かわいいから」。親バカですね〜,この一言でエントリーを認めてしまいました。抽選から始まりステージ審査が全て終了したのは15時近くです。
その後,「華麗なる一族」と対面しました。スタンダードダックスは中型犬なので,体重も12〜14kgはあります。それが8頭も揃ったのですから,なかなか壮観でした。それでもやっぱり一番かわいかったのは,我が家のノンちゃんでした(笑)。
一族のご対面という第一目的を達成したのが何と16時近くでした。人・犬とも,とても疲れた一日でした。
さて「ペットフェア」というからには,現在のペット用品の最新状況を知らせることを目的としたフェアのはずです。しかし,一般客向けの商品に,特に目新しいものはありませんでした。いかに熟成した業界なのかが,よく分かりました。
また,2番目の目的である「試供品を山のように貰える」ですが,それも年を追うごとに少なくなってきたそうです。私は,心ならずも長時間いたので,試供品はたくさんもらえました。しかし,長時間滞在のため駐車代金がかかり,結局は「買った方が安かった」という結果になってしまいました。また,ブースを出している業者さんも賢くて,試供品頒布時間を指定し,自社のブースの周りにお客を並ばせた挙句,小さな試供品を「お一人様,一つ」という感じで渡します。試供品ゲットを目的に来ている方々が多いらしく,ドタバタとしたバーゲン会場のような雰囲気でした。そのための「大袋」を各所で配っている有様です(笑)。
会場に長時間いたため,全てのブースを丁寧に見ることができました。その結果感じたことは,
1.業界自体が熟成し,すでにあまり目新しいものは存在しないこと。
2.情報が一般市場にも広く行き渡っていることでした。すなわち,大きめのペットショップに行けば,大体すべてのものを見ることができるということです。
残念ながら,わざわざこの会場に足を運ぶ必要はありませんでした。
もし足を運ぶ価値があるとすれば,特にペットフード会社の担当者と直に会っていろいろ話をすることができる点でしょう。彼ら・彼女らは皆「動物が大好き」という感じでした。私も,自宅で使用しているフードのメーカー担当者と話をし,現在のフードのチョイスでよいかどうか聞いたところ,大変丁寧に説明してくれた上に,試供品をたくさんいただきました。
また,フェア会場に来ているほとんどの方達は「動物好き」なので,犬連れで歩いていると,いたるところから声をかけられます。駅中のような雑踏なのに,こうした点はほのぼのとしていて,疲れはしましたが,なかなか楽しい空間ではありました。
まあ,疲れた原因は「長時間滞在しすぎた」点にありますが・・・(笑)。
もし試供品やバーゲン目当てで行かれるのであれば,閉会2時間前あたりがお奨めです。「展示品は,原則,販売しない」業者がほとんどですが,この頃になると「片付けて,持って帰る」ということが不経済なため,投売りが始まります。私も「市価の3分の1」程度の値段で犬用のおやつ類(各種ジャーキー,骨ガムなど)を購入しました。また,ブラシやコーム,シャンプー類も市価の半値位で販売されます。
ペットフェアの次回開催は2009年とのことです。仮に私が行くとしたら,閉会2時間前ですね(笑)。
さて,ばたばたと過していたら新年度になってしまいました。「閑話休題」とは言うものの,あまりにも更新までの期間が空いてしまったことについては,深く反省しております。
今後は,身近で感じたことなどを題材に「2週に1回程度」は更新する所存ですので,
皆様,よろしくお願い申し上げます。(石田)
* ペットフェアに興味を抱かれた方は,下記をご参照ください。
日本ペット用品工業会(JPPMA) http://www.jppma.or.jp/
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その6 バイオガソリンについて |
4月27日,バイオガソリンの販売が開始されてから,すでに1ヶ月半が経過した。
今回のバイオガソリンの販売は,石油業界主導で行われ,政府案とは異なる製造方法が採用されている。では,どのような点が異なるのか。また,かつて販売されたガイアックスなどの高濃度アルコール燃料との違いはどこにあるのか。さらにバイオエタノールの製造ということ自体が,世界の農業事情・エネルギー事情に大きな影響を与えつつある。
こうしたバイオガソリンを整理してみた。
T.製造方法からの整理。
今回のバイオガソリンの導入は,石油元売各社(製造メーカー)を構成員とする業界団体である石油連盟の主導で行われたものである。
バイオエタノールはトウモロコシ・サトウキビなどの穀物を原料とする。今回販売されたバイオガソリンは,こうしたバイオエタノールをさらに加工した「バイオETBE(エチルターシャリーブチルエーテル)」を,レギュラーガソリンに配合したものである。一般にETBEは,エタノールと石油ガス(イソブテン)を化学合成して生産されるが,植物を原料とするエタノール(バイオエタノール)と石油ガス(イソブテン)を化学合成させたものを,特に「バイオETBE」と呼ぶ。
これに対して,政府が提唱している「E3」とか「E10」といわれるものは,従来のガソリンにバイオエタノールを直接混合するもので,それぞれ3%・10%が配合される。
バイオETBEは,高圧・高温下でガソリンと混合され,混合後にも冷却のための時間が必要になる。今回のバイオガソリンは,製造過程でレギュラーガソリンにバイオETBEを約7%配合したもので,結果としてレギュラーガソリン全体に対してバイオエタノールは3%の濃度となるそうである。
それでは,なぜ簡単な直接混合方式を採らず,あえて時間とコストのかかるバイオETBE配合方式を採ったのか。その理由は,下記の点にあるとのことである。
1.ガソリンとバイオエタノールを直接混合する「E3」には,水が混入するとエタノール分とガソリン分が分離する特性がある。このため油槽所・給油所などの流通段階および自動車の燃料タンク内などのエンドユーザー段階で,水が混入しないよう「厳格な管理」が求められ,品質の維持が困難になる可能性があることによる。
そして,きちんとした管理がなされない場合には,エタノールとガソリンが分離する結果,エタノール分が抜けることでガソリンの品質が劣化したり,分離したエタノール分により自動車部品の劣化・腐食を引き起こし,自動車の安全性自体を低下させる可能性があるとのことである。
2.エタノール単体をガソリンと混合すると,揮発性が高まることから,大気汚染を引き起こす可能性があること。
3.水分混入を防止するため,流通段階でガソリンとエタノールを混合することになり,結果として,不法にエタノールとガソリンとを混入した「脱法ガソリン」を簡単に生産することができ,脱税行為が容易になる危険性がある。従来からも,軽油に灯油を混ぜた(直接混合)「脱税軽油」の話をよく聞く。バイオエタノールの現場での直接混合にも,同一の問題があるということのようだ。
以上に対して,バイオETBE配合のバイオガソリンは,国内のJIS認定工場で十分な品質管理の下,一元的に生産されており,生産後の品質管理についても,上記のような問題なく,通常のレギュラーガソリンと同様に取り扱いできることになるそうである。
U.性能・効果の面からの整理。
品質は,従来からのレギュラーガソリンと変わらない。JIS規格上も,品質確保法からも従来のレギュラーガソリンと同一とされている。かつて販売されたガイアックスなどの高濃度アルコール燃料は,アルコールがエンジン自体を腐食させるなどの悪影響から,経済産業省・資源エネルギー庁の調査報告によりすでに否定されている。これに対して,バイオガソリンは品質・取扱方法ともにレギュラーガソリンと同一とされ,エンジン・燃料系統への悪影響もないといわれている。
バイオETBEは燃焼温度がガソリンよりほんの少しだけ低いために,実際には1%程度の出力低下となるそうだが,実使用においてこの1%の違いを体感できる者はいないとのことだ。
また,レギュラーガソリンと同一とされるため,バイオガソリンにもガソリン税が適用される。ガイアックスなどが,ガソリンより安く販売されたのは,ガソリン税の適用を逃れていたからに他ならない。バイオガソリンがレギュラーガソリンと同一とされたことは,早い話「安くはならない」ことを意味する。
従来のエコといえば,「省燃費・低燃費」が考えられてきた。ガソリンの使用量を少なくすれば,それだけ環境にもやさしい。これは当たり前のことだ。その省エネカー・エコカーの代表が「ハイブリッドカー」である。カタログ上は1Lあたり36kmをうたっているものもあるが,実使用では,その運転にもよるが,20km程度である。省燃費化競争も,ハイブリッドカーにより一つの到達点に至った観がある。
これに対して「バイオガソリン」それ自体は「省燃費化」には役立たない。バイオガソリンを給油しても燃費がよくなるわけではないのである。
では,なぜバイオガソリンは環境問題・エコロジーとの関係で語られるのか。これは,
「カーボンニュートラル」という考え方に基づいている。
ご存知のように植物は光合成により二酸化炭素を吸収し,酸素を排出する。植物を原料とするバイオエタノールを燃やしても,そこで生じる二酸化炭素は生育過程で吸収した二酸化炭素と同一と看做され,二酸化炭素の総排出量に影響しないとするものである。
この考え方によれば,バイオガソリンを燃焼させても,植物由来のバイオエタノール分の二酸化炭素は発生しなかったことになる。現在のバイオETBE配合のバイオガソリンを使用すれば,それだけで約3%の二酸化炭素排出を抑えることになる。
これに対して,かつての高濃度アルコール燃料は,液化天然ガスなど化石化燃料を原料としているので,バイオニュートラルの考え方は適用されず,温暖化ガス抑制効果はないことになる。
V.現状の問題と展望。
1. 現在のバイオエタノールの原料は,トウモロコシ・サトウキビといった「食料・飼料」に使用されているものである。このため,従来は「食料・飼料」としてのみ考えられていたこれら穀物が「エタノール原料」として認識されたのである。この結果は,当然のことながら「食料・飼料」用と「エタノール原料」との取り合いになり,穀物価格が高騰したのである。エタノール原料とした方が利益になるため,家畜飼料用穀物が足りなくなり,家畜飼料に人間用のスナック菓子・チョコレートを混ぜている状況が報告されている。そして,穀物価格の上昇は,それを飼料として生産された肉類・乳製品などの価格にも反映されることになる。
また,ジュース用のオレンジより「エタノール原料」としてトウモロコシ・サトウキビを作った方が高収益となるため,オレンジを伐採してトウモロコシ・サトウキビを植え,結果としてオレンジジュースの価格上昇をも招いているそうだ。
2. 現在,日本の各メーカー(石油会社だけでなく,自動車メーカーなども含む),大学,研究機関が考えていることは,バイオ燃料の積極的導入と,脱穀物によるバイオエタノールの安定的な生産・供給の確立である。その代表例となるのが,植物の繊維質の主成分である「セルロース」を原料としたバイオエタノールの生産である。これが実現すれば,わざわざ食料・飼料用の部分を使うことなく,従来はごみとされていた葉や茎の部分,枯れ枝などを原料としたバイオエタノールの生産が可能になる。
考えてみれば,人間が飲むわけではないのだから,トウモロコシ・サトウキビ,ひいては米・麦・ブドウなどを原料とする必要もないのである。
ある大学がセルロースからバイオエタノールを作る技術を確立したと発表した。石油会社・自動車メーカーなどの大資本でも開発が進んでいるらしい。
世界のホンダが面白い近未来予測を発表していた。近い将来,各地域にバイオエタノール生産プラントが出来,そこでは当該地域で集められた「落葉・枯枝・刈り取った雑草・ワラなど」からバイオエタノールを作られる。そして,隣接する販売所で生産されるバイオエタノールを販売するものだ。このシミュレーションによれば,こと自動車用エネルギーについては,地域ごとの自給自足が可能になるとされている。
3. まだ導入されたばかりではあるが,以上のようにバイオガソリンには世界の経済事情,特にエネルギー事情を大きく変化させる可能性がある。世界の穀物生産がエネルギー事情を決定する要因になる可能性があるのだ。この意味で,まだ「はじめの一歩」ではあるが,多くの可能性を秘めた,記念すべき一歩だと考える。
4. しかし,現状においても矛盾はいくつもある。バイオ燃料そのものについては「カーボンニュートラル」の考え方をとるが,現在使用しているバイオETBEはヨーロッパから輸入しているため,輸送などにあたって大量の二酸化炭素を排出していること。
また,石油元売会社と自動車メーカーとが協力して研究・開発を行ったといいながら,両者の足並みに乱れがあることなどである。例えば,石油連盟のHPでは「詳細は自動車メーカー」への問合せを案内しているが,当の自動車メーカーまたはディーラーに問い合わせてみると「バイオガソリンを給油すると,まだ何が起きるかわからないから,絶対に使用しないように」と回答される,などである。
地球温暖化への決定的な対策と言われているのだから,各業界が足並みをそろえて,粛々と導入・展開をすすめてほしいものだ。
現在,バイオガソリンの販売は,首都圏(東京・神奈川・千葉・埼玉)の50のガソリンスタンドに限定されている。単に販売だけでなく,これらのガソリンスタンドでは,従来からある設備(地下タンク・配管系統など)にバイオガソリンが悪影響を及ぼさないかが実証実験されている。今後,販売は順次拡大されるとのことだが,せっかく首都圏で車に乗っているのだから,そろそろ私もバイオガソリンを試してみたくなってきた。(石田)
* 石油連盟のホームページ。バイオガソリンの詳細説明,販売店の案内など。
http://www.paj.gr.jp/eco/biogasoline/index.html
* セルロースからのバイオエタノール生産について。ホンダの場合。
http://www.honda.co.jp/e-dream/e-dream12/special7.html
* 高濃度アルコール含有燃料について。資源エネルギー庁のホームページより。
http://www.enecho.meti.go.jp/topics/nennryouhp/index.html
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その7 お友達内閣の終焉に思う |
根岸クンのコラムがアップされました。とてもうれしいです。彼のレッスンには週の中日と週末に参加させてもらっていますが、現在の私の「元気の素(笑)」になっています。以前書いたように、「スポーツクラブに到着した時」が一番疲れていますが、レッスン終了時には「あと2〜3本」と言える位に元気一杯になります(笑)。根岸クンは「現在イチ押し」のインストラクターです。
まだまだフィットネス人口が少ない我が国ですが、彼が発信してくれる情報から、少しでも皆さんがフィットネス・健康作りに興味を抱いていただければ、とてもうれしいですね。
さて,話は変わりますが,私のここ数年来の楽しみの一つが「起業プランを考える」ことでした。友人とお題を出し合い,現状どのようなことができるかを考え,実際に採算性があるものであれば,実行に結びつけるというものでした。アイデアはいくつか出たのですが,残念ながら,まだ継続中です。しかし,その中でも僕がこだわったのは「ものの分かった友人と協力して起業する」ということでした。親しい友人と仕事を共同し,ともに利益を享受することが最高の喜びと考えられたからです。「仕事は友人とするものではない」という方も多くいらっしゃいます。しかし,それは「友人=馴れ合い,責任の所在の不明確さ」などというネガティブな部分を見ての意見だと思われます。「お互いの役割,権限と責任,最終的な意思決定の方法」を事前にきちんと話し合い,明確にしておけば,こうしたネガティブな部分は抑制できるものと考えます。そうであれば,お互いに認め合っている友人が,闊達な意見交換をしながら仕事を共同すること,これは大変に魅力的だと感じています。
その意味で安倍さんの「お友達内閣」には,実は大きな期待をしていました。「お友達内閣」という言葉自体は,「からかい・甘さの指摘・揶揄」を含んだものです。しかし,一国の総理が,従来の派閥推薦・順送り人事という既存の枠にとらわれず,自由な判断で選んだ閣僚なら,少なくも内閣という合議体の意思疎通は円滑になり,従来の縦割り行政や各省庁の既得権益の壁を乗り越えることができるかもしれないと考えたからです。
安倍さん自身,少なくとも小泉内閣の官房長官時代や自民党幹事長時代には,颯爽として見えたものです。同窓の方には失礼ですが「出身大学は関係ないな」と思われた方も多くいらっしゃったと思います。
私も安倍さんが書かれた「美しい国」を読みました。しかし,これも多くの方が感じられたように「具体性の乏しさ,教科書的な歴史の引用の多さ」が目立つという印象でした。
だからこそ,本来安倍内閣に求められたものは「美しい国」という理念を充実させる具体案・政策を国民に向けて発信することだったと思います。総理大臣個人では限界があっても,たえず国民に対して情報を発信し,国民の共感を得るとともに,彼をよく理解し,理念を共有する者(友人)が内閣の構成員またはそれに準じる者であれば,国民の支持を背景として,より巨大な組織である官庁にも互角に対抗し,各省庁をリードしてゆけるのではないか。このことを安倍内閣には期待していました。また,総理自身がまだ若く,重要閣僚や党内要職といった政治家としての経験を積んでいなかったとしても,「情報発信力と調整力」を持ち合わせていれば,他の者(友人)がそれを補完することで,組織体・合議体としての内閣の力を最大限に発揮できるものと期待しました。実際,当初の国民の内閣支持率を考えると,そうしたことも可能だったと思われます。
しかし,現実は「職務放棄」とまで表現された前代未聞の辞任劇でした。ある意味安部さんは悲劇的だったと思います。それは「お友達内閣」が,お友達のネガティブな部分でしか機能しなかったことです。事務所費用問題などがその最たる例で,ばれれば当然任命権者である首相にも累が及ぶのに,3人の農林大臣はその重要情報を開示しなかった。本来なら政権の命運にもかかわるネガティブ情報こそ開示すべきなのに,そもそも「友達とは何ぞや」と考えさせられる事件でした。また,現在の衆院の議席数は,小泉さんの「郵政選挙」によるもので,郵政改革を断行するという小泉さんの意思表示に対して国民が共感し,支持したものです。しかし,その立場を継承したはずの安倍さんは,郵政改革反対派議員の復党を容認してしまいました。参院選挙が最大の要因であったとはいえ,納得のいく説明があったものとは思えません。ここでも「馴れ合い,村意識」といったお友達のネガティブな部分がクローズアップされました。この時期には,国民の安倍さんに対する印象も「優柔不断,決断力がない」に変わっていました。そして,終わりよければ・・・だったのですが,その結果は皆さんご存知のとおりです。
また,国民に対して安倍さんが発信した内容にも,問題がありました。色々とよいことも行ったはずです。しかし,マスコミの偏重があったのかもしれませんが,我々の耳目に入ってくるのは「復古的な教育基本法改正」や「憲法改正」などの抽象的な議論でした。
憲法は国家の基本法です。そして,その役割は「様々な価値観を許容し,内包すること」だと思います。国民全てが同じ考えをするなどということはありえません。100人いたら100の考えがあるのが当たり前です。こうしたそれぞれ異なった価値観を持ちながら,国家という共同体を維持する。これが憲法および立憲主義の目的だと思います。私は,憲法がある特定の価値観を押し付けるのは本末転倒だと思っています
また,教育の目的についても,次代を担う子供・若者が,自分とは異なる様々な考え方・価値観に接した時,それを否定するのではなく,それらの受け入れられる部分は許容し,様々な価値観の中から自分の価値観・考え方を見出していく力を養うことだと考えます。
一例をあげれば「愛国心」は国家が国民に対して強制すべきものではないし,国歌や国旗に対して起立をすることが「愛国心あることの証拠」になるとも思えません。また,このような愛国心があるからといって「美しい国」が実現するとも思えませんでした。
こと国政においては「お友達内閣」は失敗に終わりました。安倍さんの心の内にあった「美しい国」の内実は,結局明示されないままに終わりました。馴れ合い,責任の所在の不明確さといった「お友達」のネガティブな面を強調しただけで終わってしまったのです。また,これらは小泉以前の古い自民党の体質を思い起こさせました。
すでに福田総理大臣が就任し,閣僚の多くが留任しています。新しい内閣に期待していることは,福田さん自身も言われている「国民への説明義務を果たす」こと,および現状の政治的混乱を終息させる調整力だと思います。小泉さんのおかげで政治問題は「ワイドショーのネタ」になる位に一般化しました。国民の政治意識もかつてなく高まっています。いろいろなメディアで「福田さんはテレビ・マスコミ嫌い」と書かれています。しかし,いろいろなチャンネル・ソースを使って国民に対して貪欲に情報発信していただきたい。小泉時代のように「○か×か,支持か不支持か」という二者択一でなくてもよいと思います。総理大臣の悩みや孤独を吐露することだけでも,国民への情報提供という観点からは重要な意味があります。官房長官時代のような「おとぼけや皮肉」ではなく,何より「国民に対する率直な語りかけ」が求められていると思います。
そして,小泉時代と決別し,完全な自主政策を遂行するためには,福田内閣がある程度安定した時期に「解散・総選挙」を実施し,国民の信任を得ることが必要になるでしょう。本格的な二大政党制の実現に向けて,民主党との政策論争が楽しみです。 (石田)
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